九州大学 歯学研究院 口腔機能分子科学(歯科薬理学) 本文へジャンプ

研究内容



1. ミクログリアの難治性慢性疼痛における役割に関する研究


(1)脊髄神経切断に伴う脊髄ミクログリアにおけるCa2+活性型K+チャネル(BKチャネル)の活性化ならびにS体ケタミンによる抑制

 脊髄ミクログリアの機能を直接測定するため、GFP(緑色蛍光タンパク質)により光るミクログリアを持つマウス(Iba1-EGFPマウス)を使用し、パッチクランプ法を用いて脊髄スライス標本内のミクログリアの電気活動を測定しました(左上図)。その結果、疼痛時の脊髄ミクログリアは活性型の形態に変化しており(左下図)、Ca2+活性型K+チャネル(BKチャネル)と呼ばれるK+チャネルの活性化が生じていることが明らかとなりました(右上図)。さらに、S体ケタミンはこのBKチャネルを介した電流を強力に抑制することが明らかとなりました(右下図)。
Hayashi Y et al., J Neurosci 31: 17370-17382, 2011




(2)カテプシンBの炎症性疼痛における役割

 末梢組織炎症に伴って活性化された脊髄ミクログリアにおいてカテプシンBはプロカスパーゼ-1を活性方のカスパーゼ-1に変換する。カスパーゼ-1はプロIL-1βならびにIL-18を成熟型IL-1βならびにIL-18に変換する。細胞外に分泌されたIL-1βならびにIL-18はCOX-2を誘導する。その結果、産生されたプロスタグランジンE2は二次侵害受容ニューロン上のEP2受容体に結合し、活性化したプロテインキナーゼA を介してグリシン受容体α3サブユニットをリン酸化することで働きを抑制する。その結果、二次侵害受容ニューロンの脱抑制が生じ、侵害シグナルが増強されることにより炎症性疼痛が発症すると考えられる。
Sun L, Wu Z et al., J Neurosci 32: 11330-11342, 2011

CGA:クロモグラニンA
COX-2:シクロオキシゲナーゼ-2
SR-A:クラスAスカベンジャー受容体





(3)カテプシンSの神経障害性疼痛の維持・慢性化における役割

 末梢神経障害に伴い、二次リンパ組織である脾臓における樹状細胞のカテプシンSはMHCクラスII分子に結合しているインバリアント鎖の最終段階の分解に関与し、Th1細胞の抗原特異的な活性化を誘導する。活性化したTh1細胞は全身循環に入り、一部が脊髄後角へ浸潤する。脊髄後角に浸潤したTh1細胞はIFN-γ を産生分泌することでミクログリアを刺激し、ミクログリア活性化のさらなる深化が誘導される。この一連の反応が疼痛の急性から慢性状態への移行に極めて重要であることが明らかとなった。
Zhang X, Wu Z, Hayashi Y et al., J Neurosci34: 3013-3022, 2014






<現在進行中の研究>
(a)モルヒネ鎮痛耐性形成におけるミクログリアBKチャネルの関与
(b)UNC93B1の神経障害性疼痛における役割
(c)Stem cells from human exfoliated deciduous teeth (SHED)の神経障害疼痛に対する改善作用




2. 慢性末梢炎症の脳機能に及ぼす影響に関する研究


(1)関節炎の脳機能に及ぼす影響

 末梢組織が損傷や感染によって惹起された慢性末梢炎症に伴い、脳実質内においても活性化ミクログリアによる脳炎症が引き起こされる。また、末梢炎症によって引き起こされる脳炎症は老化に伴い増悪することも知られている。さらに最近、歯周病などの慢性末梢炎症がアルツハイマー病のリスク因子になることも示唆されている。しかし、慢性末梢炎症がどのような経路で脳炎症を引き起こすのか、またなぜ老化が脳炎症を増悪させるのかについては不明である。
  最近、私たちは慢性末梢炎症モデルとして雌性ルイスラットにおけるアジュバント関節炎(AA)を用いた一連の研究により以下の結果を得た。(1)脳表面を覆っている髄膜細胞がAAに伴い増加した循環血中の炎症性サイトカインならびにリポ多糖類(LPS)により活性化され、炎症性サイトカインを産生分泌する。(2)このことにより脳実質内のミクログリアが活性化され、脳炎症が惹起される。(3)活性化されたミクログリアは若齢のAAラットでは抗炎症性サイトカイン(IL-10、TGF-βなど)を、中年のAAラットでは炎症性サイトカイン(IL-1βなど)を産生分泌する。さらに、(4)若齢のAAラットでは学習・記憶の細胞レベルでの基盤と考えられている海馬の長期増強現象(LTP)はほとんど影響を受けないが、中年AAラットでは海馬LTPは有意に低下した。一方、老齢ラットではミクログリアにおけるIL-1βの発現ならびに海馬LTPの低下が認められた。このことから、中年ラットにおける慢性末梢炎症は脳老化を促進することが明らかとなった。
  これらの結果より、特に中高年では関節炎や歯周病のような慢性末梢炎症が深刻な脳炎炎症を引き起こし、認知機能障害を引き起こすことが示唆された。
Wu Z et al., J Neuroimmunol 167: 90-98, 2005
Wu Z et al., J Neurosci Res 85: 184-192, 2007
Wu Z et al., Neurobiol Disease 32: 543-551 2008
Nakanishi H & Wu Z, Behav Brain Res 201: 1-7, 2009
Liu X et al., Neuroscience 216: 133-142 2012
Liu Y et al., Mediators Inflamm 407562, 2013









<現在進行中の研究>
(a)重度歯周病による認知機能障害メカニズムの解明




3. ミクログリアによる脳炎症の慢性化機序の解明


(1)ミクログリアにおけるクロモグラニンAならびにアミロイドβ蛋白による異なったIL-1β産生経路

 クロモグラニンAはミクログリアにおいてTLR4 を介してNF-κBを活性化し、プロ型IL-1βならびにプロ型カテプシンBの産生を誘導する。さらに、クロモグラニンAはSRAを介して細胞内に取り込まれてファゴリソソームを形成し、このファゴリソソーム内でカテプシンBがプロ型カスパーゼ-1を活性化する。このためクロモグラニンAは成熟型IL-1βの産生分泌を強力に誘導する。
 一方、Aβはミクログリアにおいて貪食受容体を介して細胞内に取り込まれてファゴリソソームを形成し、Aβにより障害されたファゴリソソーム膜よりカテプシンBの細胞質への漏出を引き起こす。漏出したカテプシンBはNLRP3を活性化し、アダプター蛋白ACSを介してプロ型カスパーゼ-1を集積することでインフラマソームを形成し、集積したプロ型カスパーゼ-1は自己触媒的に活性化する。しかしAβのNF-κB活性化作用は弱く、若齢マウス脳のミクログリアでは成熟型IL-1βの産生分泌を誘導できないが、驚いたことに老齢マウス脳のミクログリアでは産生分泌が認められた。これは老齢マウスのミクログリアでは老化に伴う細胞内酸化ストレスの増加によりNF-κBが活性化し、プロ型IL-1βが既に産生されているためと考えられる。
Wu et al. Neurobiol Aging 34: 2715-2725, 2013





<現在進行中の研究>
(a)カテプシンBによるNF−κBの持続的活性化
(b)カテプシンHの実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)発症における役割




4. ミクログリアのシナプス再編における役割に関する研究


(1)ミクログリア分子時計で支配されるP2Y12受容体ならびにカテプシンS発現のシナプス密度ならびにシナプス活動性の日内変化への関与の模式図

 夜間、ミクログリアは発現の増大したP2Y12受容体を介してATPの濃度勾配に従って突起を伸展させ、シナプス活動性の高い樹状突起スパインと接触する。さらに、伸展したミクログリア突起から分泌される発現の増大したカテプシンSが細胞外マトリックス分解によりシナプス活動性の高い樹状突起スパインを退縮させ、昼間に向けてシナプス活動性の低下を引き起こす。①、②:昼間(①)ならびに夜間(②)のC57BL/6マウス大脳皮質におけるIba1染色画像を3Dスタックイメージの骨格化画像、③、④:細胞内蛍光標識した大脳皮質ニューロンのスパイン(③)ならびにシナプス活動(mEPSC、④)。
Hayashi et al., J Neurol Disord 1:2, 2013
Hayashi et al., Sci Rep 3: 2744, 2013



<現在進行中の研究>
(a)ミクログリア突起の日内変化に関するin vivoイメージング解析